55歳で脱サラからのプロピアニストへ至った経緯と想い その3 ピアノコース講師 山口コージ

皆さん、こんにちは
東京都豊島区池袋東口徒歩1分
セプテンバーミュージックスクール
池袋の大人のピアノ教室ピアノ講師
山口コージです
今回は55歳で脱サラからのプロピアニストへ至った経緯をと想い その3です
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前々回のブログで55歳での退職を考えたきっかけの幾つか
・健康上の理由(うつになった辛い経験)
・残りの人生は長くないと気付かされたこと(父の死が影響)
・幸運にも社外の人間関係が築けていたこと
をお話ししました
前回のブログでそのうち
うつになった辛い経験をお話しました
今回は2人の父の死より受けた影響をお話します。
2人の父の死の経緯・・・先ずは義父から
私の2人に父を簡単に紹介しましょう
実父は1935(昭和10)年生まれ
義父は1937(昭和12)年生まれです
最初に亡くなったのは義父でした
2019年に脳梗塞を発症し
その時は一命を取り留めたものの
身体に麻痺が残ってしまいました
義父は余儀なく車イス生活を送ることになり
やがて認知の症状も出るようになりました
当初は義母や義姉が自宅介護をしていましたが
彼女たちの介護もやがて限界を迎えました
そのため義父は介護施設で過ごすことになり
晩年の2年はそこで余生を過ごしました

(介護施設の訪問演奏会での開始前風景)
介護施設は義父に大変良くしてくれたそうで
義父は介護施設で穏やかに過ごしました
ところが別れは突然やってきました
妻から「息を引き取った」と
2021年12月15日のことでした
義父が亡くなる前日はカラオケで手拍子を叩くなど
元気に過ごしていました
翌日の朝に介護スタッフが見廻ると
義父はベッドの中で息を引き取っていました
義父は享年84歳
私が53歳のときでした
2人の父の死の経緯・・・次に実父のケース
実父が亡くなったのは
義父の死から僅か半年後でした
実父は60代から国の指定難病である
球脊髄性筋萎縮症を患っており
70代になると徐々に歩行が困難になりました
この難病さえなければ至って元気でした
実父は歩行が困難なのに無理に歩こうとしました
「自分はまだ大丈夫」と示したかったのでしょう
ある朝実父は新聞を郵便受けから取ろうと歩行中に転倒し
左大腿骨頸部を骨折してしまいました
2022年5月末のことでした
6月1日に人工骨頭を埋める手術をし無事に成功
ここまでは良かったのです
ところが手術翌日に病院食で誤嚥を起こしてしまいました
一命は何とか取り留めたものの
意識不明の重態に陥りました
次第に自発呼吸ができなくなり
人工呼吸器に頼り切りになり
遂に1ヶ月後の2022年6月30日に息を引き取りました
実父は享年86歳
私が54歳のときでした
2人の父の死から思ったこと
2人の父の死は
私に残りの人生に対する重い命題を突きつけました
私の人生が父親の人生と相似するならば
残りの人生は約30年しかありません
健康寿命を考慮すれば
長くて20年程かもしれません
人生の残り30年をどう過ごすか
サラリーマンとしてこのまま過ごしていくのか?
サラリーマンとして仕事ができれば
経済的には盤石の安定を得ることができ
残りの人生は何の心配もなくなるでしょう
しかし本当にそれで良いのでしょうか
そこには若かりし時分に
自分が夢中でやってきたことがあります
それをやらずして
残りの人生を過ごして良いのでしょうか
心の中に様々な葛藤を生み出しました
このことを説明するために
若かりし頃にやってきたことを少し触れます
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池袋の大人のピアノ教室を始めました! ピアノコース講師 山口コージ
ジャズ・ピアニストになりたかった若い頃
私は都内の私立大学に入学後
モダン・ジャズ研究会に入部し
ジャズ・ピアノを始めました
大学の講義はそっちのけで
昼から明け方までジャズ・ピアノを練習するようになります

(若かりし学生時代に今は亡き新宿Jに出演時)
大学卒業後は就職せず
ジャズ・ピアニストになろうと
本気で考えていました
ところが両親が猛烈に反対し
一般の企業に就職することを懇願します
ジャズ・ピアニストの道に進むなら
親子の縁を切るとまで言われました
そこまで言われて当時の私はビビりました
そんな勇気はとてもなかったのです
私は仕方なくジャズ・ピアニストの道を諦め
就職活動を始めることにしました
私が就職活動をした時期は1990(平成2)年です
当時の日本はバブル経済絶頂期
就職戦線は空前の超売り手市場でした
某民間企業から容易く内定を得て
両親が望んだ通りにサラリーマンになります
2人の父の死をきっかけにいよいよジャズ・ミュージシャンへ
こうした経緯で就いたサラリーマンという職業です
生計を立てるために
家族を養うために
懸命に取り組んだ仕事ではありましたが
心より就きたくて就いた仕事ではありません
私が勤めていた企業は65歳まで勤められる制度がありました
65歳まで勤め上げた後に
ジャズ・ピアニストをやるという選択肢も考えられました
だけど65歳からのピアニスト人生では
気力・体力の面で充実した活動にならない懸念がありました
逆に55歳で脱サラして
ジャズ・ピアニストに転身したらどうでしょう
気力も体力もまだ充実している
50代から活動が始められます
しかし早期に脱サラするわけですから
経済面での不安や懸念が常に付き纏います
50代半ばで2人の父を失い
残りの人生30年と認識した時
こうした葛藤に直面することになりました
気力や体力も充実している50代から
ジャズ・ピアニストを始めないと
音楽活動を充実させることができず
その結果人生に悔いを残すことになりはしないか
そうした思いが強くなっていくことになります
そして2人の父親が死を賭して
このことに気づかせてくれたのではないかと
思うようにさえなりました
人生に悔いを残したくない
若かりし時分からやりたかったジャズ・ピアニストに
今こそオールを漕ぎ出す時だと
と強く思うようになったのです
そして55歳となり
役職定年を迎えたところで
脱サラを決意しました
最後に
もし今あなたが新しい事を始めたい
長年思い続けたことを実現させたい
それがピアノならば
セプテンバーミュージックスクールで
私とピアノを一から始めてみませんか?
初心者も経験者も
そしてジャズを弾きたい方も
大歓迎です
自分が思いを実現するために長い時間をかけた経験があるからこそ
あなたの思いに寄り添い
あなたに必要な心から喜びを感じられる
レッスンを提供できると信じているのです
あなたからのご連絡を心よりお待ちしています。
セプテンバーミュージックスクール池袋本校
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